2007年頃カナダのケベック州で移民申請をしました。
看護師免許と職歴があったため、ポイントが足りていました。
当時は、仏語が少しでもできれば、ポイントがもらえたように感じます。
今のケベック政府は、移民は母国語が仏語か、
仏語がきちんと話せる人だけを受け入れていく方針みたいです。
なので、これからケベックで移民申請する場合、
結婚移民以外はかなり難しくなるのかもしれません。
移民申請しようか検討しているなら、今スタートがおすすめ。
これからどうなっていくか分からないから…。
今回は、随分昔の話ですが、私の移民申請の流れを書きます。
移民申請は不安だし、自信がない人も多いと思います。
私もそうでした。
でも、少しずつ進めて、なんとかなりました。
この体験が誰かの一歩を踏み出す手助けになればと思っています。
カナダなら今までと違う職業や生活ができるかもしれない?
日本にいた時は生活のために看護師として働いていたように思います。
もちろん看護師は夢の職業だったし、天職だと思っていました。
楽しいこともあったし、好きな職業です。
でも、毎日疲れていました。
ストレス発散のために仕事帰りに飲みに行き、
休日は買い物三昧。
短期休暇で海外旅行。
家でゆっくりすることのない生活でした。
カナダで生活するようになって、
仕事に追われている人に出会いませんでした。
仕事は定時で終わり、残業したりする人もほぼいません。
定時に帰ってきて、家でゆっくりしたり、
夜はパーティをしたり。
バンドをしている人も多く、
夜や休日は友人と集まって練習したり。
みんな自由に夢を追い、でも平日はきちんと働いていました。
そんな生活が夢のようでした。
自分も何か新しいことを学んで、挑戦できる気がしました。
当時は看護師をしたいというよりは、
看護師以外の職業についてみたいと思っていました。
永住権取得を考え始めたのは、ワーホリ滞在中です。
カナダ滞在を延長するには
学生ビザか永住権の取得が必要でした。
学生ビザを申請しても、通らない場合もあるし、
働けないのも難点。
それなら永住権を取得して、
好きなだけ滞在できたらいいなと思ったのがきっかけです。
ケベック州移民を目指した理由と申請前にやったこと
永住権を取得するには、たくさんの方法があります。
どの州で申請するかによっても、条件が違います。
色々調べた結果、ケベック以外の州で申請する場合、
英語力が足りないかもしれないと思いました。
それに、すでにフランス語を習い始めていたので、
ケベック州で申請してみようかなと思っていました。
でも、ポイントが足りているかどうかが不安でした。
移民申請をしている友達が、
移民申請代行エージェントを使っていました。
そこを紹介してもらい、初回無料相談を受けてみることにしました。
無料相談では、ポイントが足りているか?
足りなければ何をしたらポイントを上げられるかアドバイスしてくれました。
私の場合、看護師免許や職歴でポイントがギリギリでした。
フランス語を話せるならポイントは足りていると言われました。
当時は仏語の面接はそんなに難しくないと聞いていたので、
仏語中級の私でもなんとかなるかもしれないと思いました。
なので、スキルドワーカーで申請することに決めました。
普通に大学を卒業しているだけでは、ポイントが足りないみたいでした。
大卒の友達数人は、ポイントが足りないから移民は難しく、帰国した人もいました。
そう考えると、看護師資格ってすごいなと思います。
この資格のおかげで、色々な場面で助けられました。
ケベック州移民申請から永住権取得までの大体の流れ
2007年4月 ケベック申請書類を送付
2007年7月 ファイルオープンしたとレターが届く
2008年5月 ケベック申請に必要な仏語面接を香港で受ける
2008年8月 カナダから健康診断を受けるようにとレターが届く
2009年1月 費用の支払い
2009年2月 アメリカとの国境超えて移民申請終了
2006年から約1年くらいかけて申請書類を集めました。
英語の成績証明を看護学校から送ってもらったり、
元の職場の上司にリファレンスレターにサインしてもらったり。
このリファレンスレターも英語か仏語で記載なので、こちらで見本を作り、
日本語訳を添えて送り、サインと日付を入れてもらって返送してもらいました。
2007年4月頃に移民申請の書類を送付しました。
数ヶ月後の2007年7月にファイルオープンされたとレターが届き、
費用$390をカードで支払い、審査が始まりました。
面接があるのは通常はモントリオールのオフィスです。
でも、学生ビザで滞在していたため、
香港の移民局で面接を受けるようにとレターが届きました。
香港で面接なんて大変。
モントリオールに住んでいるので、モントリオールで面接を受けたいです。
面接をモントリオールでするのは無理だけど、
フランス語の試験(TEFAQなど)を受けてその結果を送ってくれたら面接は免除しますよ。
ファイルも香港に送られてしまうとわかり、
モントリオールに住んでいるので、
モントリオールで面接を受けたいと急いで伝えました。
すると、面接をモントリオールでするのは無理だが、
フランス語の試験(TEFAQなど)を受けその結果を提出すれば、
面接は免除されるというレターが届きました。
仏語の試験は受けたことがなく、結果がどうなるか不安でした。
それに、面接の方が受かる確率が高いという噂を耳にしていたので、
仏語の試験を受けず、諦めて香港で面接を受けることにしました。
通常、ファイルがオープンから、
3−4ヶ月後くらいに面接に来るようにとレターが届いていたようです。
ほぼ同時期に申請を開始した友人は、この予定通りに面接がありました。
彼女は仏語もレベルが高かったのですが、ポイントが足りず、落ちてしまいました。
ただその時に、どれくらいポイントが足りないのか教えてもらっていました。
そのポイントを得るために、
カレッジでサティフィケイトが出るコースを取得すれば大丈夫だろうと言われたそうです。
彼女はワークビザで滞在していたので、働きながらコースを受講。
再度移民申請し、永住権を取得していました。
私は、諦めて香港に面接にいくことにしました。
香港のオフィスへファイルの転送などで時間がかかり、
面接になったのは、5月でした。
通常に比べて半年くらいの時間ロス。
こういうことも仕方ないかと諦めて、
面接の準備をしたり、航空券を買ったりしました。
せっかく香港にいくなら観光もしようと思って、
日本にいる友達を誘い、香港で待ち合わせしました。
買った航空券は、日本行きと同じくらいの値段で、
しかも飛行機はJAL。
香港行きで香港に5日間滞在、
日本をストップオーバーにして、
日本で3ヶ月滞在してからカナダに戻りました。
数年ぶりに成田に着いたのに、
そのまま香港に乗り継いで行くのが辛かったのを覚えています。
数日後に戻ってくるとはいえ、成田に着いたら家族に会いたくなりますよね。
香港に到着して数日後に面接があり、合格していたので、
香港滞在中は楽しく過ごすことができました。
面接にわざわざ香港まで行きたくなかったのですが、
観光もできたし、日本へ久々に帰国することもできて、
最終的にはよかったと思っていました。
ケベック州移民申請の面接内容
面接は2008年5月初旬でした。
面接日の2日前に香港に到着したので、
前日に一度オフィスまで下見に行きました。
実は面接当日、香港では大きなイベントが開催されていました。
道路は歩行者天国で、人だかり。
移動に時間がかかったので、
道に迷っていたら面接に間に合わなかったかもしれません。
下見って大事ですね。
指定の時間にオフィスに行き、名前が呼ばれたら、窓口に行きました。
面接中の会話は全部フランス語。
面接では、書類の内容の確認と、職歴や資格について聞かれました。
また今後は看護師を目指していることも話しました。
面接官は女性でした。
落ち着いた話し方で、優しそうなイメージだったので、
練習してきた仏語を話すことができました。
「これからポイント計算します」と言われた時にはドキドキしましたが、
合格できてホッとしたのを覚えています。
その後プリントしたレターを渡され、
今後の流れを説明されました。
ケベックでは看護師が不足しているので、
ぜひ頑張って欲しいと言われたのを覚えています。
香港で待ち合わせした友達は、面接の前日に日本から到着したので、
面接も一緒に行き、待合室で待機してくれていました。
絶対大丈夫と励まされていたおかげか、
落ち着いて面接を受けられました。友達に感謝。
ケベック州移民申請が終了した後の流れ
2008年8月にカナダ政府から
健康診断を受けるようにというレターが届きました。
指定されたクリニックのリストから一つを選び予約し、
レントゲン、血液検査、尿検査などの健康診断を受けました。
この時の健康診断費用は$185でした。
健康診断を受けてから4ヶ月後2008年12月くらいに
費用の支払いをするようレターが届き、費用$ 490を支払いました。
2009年1月に国境で手続きするようにレターが届き、
2009年2月にモントリオールから一番近い国境に車で行き、出入国しました。
この時、どうやって国境まで行こうかと悩みました。
当時ケベックで運転したことがないし、車もなかったので。
ケベック人の友達にダメもとでお願いしてみたら、
快く引き受けてくれました。
面倒なことを引き受けてくれて、
感謝したことを覚えています。
国境に着いた時、アメリカ入国する必要がないので、
入国する時の窓口で、カナダへの再入国が目的であることを伝えました。
すると、担当者がこういうケースに慣れていたようでした。
アメリカ入国せずに、トンボ帰りできるから、
車を別のところに移動するように指示がありました。
アメリカ入国拒否をすれば、
アメリカ入国税を免除されるから、
そのままカナダ再入国したらいいと言われました。
言われた通りカナダへ再入国し、移民の手続きをし、
母国から持参するもので、
高額なものは免税になるように手続きをしました。
まとめ
結局ケベック州移民申請には2年弱かかりました。
当時早い人で1年ー1年半くらいだったと思います。
今思い返すと、もっと時間がかかったような気がしていましたが、
案外あっという間だったような気もします。
移民してみたいと思うなら、まずは下調べ。
情報収集して、覚悟ができたら早めに準備を始めるといいですよ。
思ったら即行動!
挑戦しないで後悔するより、
ダメ元でもやってみた方がいいというのが私のモットーです。
永住権取得して、自由に暮らしてみて、
日本に帰りたくなったらいつでも帰れるんだし、
と思いながら申請したのを思い出しました。